のらりくらりと ゆめうつつ

「指導?パワハラ?」つらかったこと【体験談あり】

life

近年、残業なども含め企業の
コンプライアンスが
重要視されるように
なってきました。
それを受けて、
社会的にも
パワハラの問題もまた、
大きく扱われるように
なってきました。

パワハラとは何か?といった
世間の認知はほとんど
ないように感じます

今回は実際に
パワハラを受けた体験談とともに
指導とパワハラの違いについて
書いていきます。

Sponsored Link

体験談 適応障害になるまで

上記の記事にもありますが、
僕が経験したパワハラを以下に、
箇条書きで記します。

■ 価値がないと人格を
 否定することを言われた。
■ 仕事のルールの
 適切な説明・指導なしに、
 やったことへのミスを非難された。
■ 親のことをも非難された。
■ 嫌なことをやめてくれない。
■ それを伝えても、
「なんで?俺はいやじゃない」となる
■ 作成した資料をゴミ箱に入れられる。
■ 上司の都合で、
 指示や日程がたびたび変わる。
■ 予定としてチームでの
 飲み会が決まっていた日に、
 定時間際に仕事を振られた。
■ 納期までに終わらせるために、
 「このときまでに資料をください」
 と伝えても、資料が入手できない。
■ にもかかわらず、
今日中のような納期を求められる。
■ 「全部俺の言うことを
 受け入れてやれ」と言われた。
■ 評価のことをすぐに持ち出し、
 脅された。

パワハラにあってつらかったこと【体験談】

パワハラにあってつらかったことを
書いていきます

否定されることのつらさ

上司からのパワハラを受けて
何がつらかったかというと、
まずは人間そのものを
「否定」されたこと
です。

価値がないと
言われたことはもちろん、
「親はどんな教育してるんだ」
みたいに言われたことも
つらかったです。

私的な話にはなりますが、
僕の母親は
幼いころに両親を亡くし、
母の祖父母も
早くに亡くなっています。

僕は不登校になって
高校を辞めるときも、
「お母さんは両親が
分からないから、
どうしていいか
わからなかった。」
と、泣いて
謝られたことがあります。
それでも僕の母親は
一生懸命育ててくれた
と思います。

そういった経緯があるので、
そのときは
悔しくてたまりませんでした。

分かろうとしてくれないことのつらさ

否定されることの次に
つらかったことは、
「分かろうとしてくれない」
ことでした。

すべてを理解してもらおう
とは思いません。

ただ、何かあったときに、
そのときの自分の感情や
考えを話しても
「俺はそうは思わない」
と言われたら
元も子もありませんでした。

もう相談はできないと思いました。

よく「報・連・相」といいますが、
順序からいうと、
相談して、連絡して、報告です。
その第一の相談ができないのですから、
良好な仕事ができるわけがありません。

100%理解できなくてもよくて、
ただ、まったく理解しようとする
スタンスがない
というのはつらかったです。

Sponsored Link

指導とパワハラの違いは?

業務上の間違いや行き違いなど、
指導が必要な場合も
もちろんあるでしょう。
実際のところ、
指導とパワハラの
境界はあいまいです。
指導ととるかパワハラととるか、
判断が分かれる場合もままあります。

ただ、ひとつ言えることは、
指導を含むものであっても、
人格や尊厳などの否定は
「定義」や「法」的にパワハラで
あろうがなかろうが、
許されることではありません。

そもそも、人格否定された上で
その人についていこうとは思いませんし、
指示もまともに伝わらないと思います。
少なくとも、僕の場合はそうでした。

ミスなどを指摘するだけでなく、
その改善策までフォローしているか。
信頼関係が築けているか。

そのあたりが
指導とパワハラの違いに関連してきます。

パワハラにならないために

パワハラを体験して、僕が思うことは、
「それがパワハラかどうかはどうでもいい」
ということです。

上司のしたことで
体調不良になった。
上司のしたことで
最良の仕事ができなくなった。
このことだけが事実です。

パワハラかどうかは
正直その内容によって判断が
分かれることも多くあります。

定義云々や法的に云々はさておき、
その職場で最良のパフォーマンスが
発揮できることの方が重要です。

重要なことの第一は信頼関係

僕の体験談からお話するに、
まず第一は信頼関係です。

そもそも相手をひとりの人間として
見ているのであれば、
身体的・精神的なな暴力など
ありえないです。

状況によっては当てはまらないかもしれませんが
コミュニケーションの問題が占める割合は
多いと感じます。

指示や命令で信頼関係は生まれない

これは身をもって経験したことです。
まず信頼関係がないところから、
理不尽なことへの不信感が生まれます。

信頼関係はお互いが理解しようとして、
初めて成り立ちます。
相手との同意・不同意、得手・不得手などを
相互理解していくものです。

それがない上で、
自分のやり方を押し付けても、
理不尽ととらえられて
不信感が募るだけです。

上意下達の
「俺の言うことを聞け」という
一方的なコミュニケーションでは、
少なくとも相談したいとは
僕は思いませんでした。

パワハラの訴えはこうした
些細なコミュニケーションの
ほころびから生まれる
のだと思います。

Sponsored Link

まとめ

今回はパワハラと指導の違いについて、
実際に経験したことからも書いていきました。

実際にその行為が「パワハラ」と
認められるかについては判断が分かれます。

しかし、
パワハラであるかどうかが
問題ではなく、
そこにすでに「問題がある」
ということが問題なのです。

少しでも
「パワハラかも?」と感じたら、
相談できるところから、
まずは相談してください。

僕と同じような状況で苦しんでいる人、
同じような状況にあった人の助けに
すこしでもなれば幸いです。

Sponsored Link