のらりくらりと ゆめうつつ

【ジブンノコト】僕が高校生活をたった半年で辞めた理由

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こんにちは。
shun.(@hitokoto-kotoba)です。

高校を辞めたこと。
これは僕の原点であり、
そこから今の人生が
始まったと言っても
過言ではありません。

僕は高校を辞めてよかった。
もし、悩んでいる人がいたら
そう伝えたい。

なぜ、高校を辞めたのか?
そこから何が変わったのか、
書きたいと思います。

今回は、
高校になじめずにいる人、
意味を見出せずにいる人、
高校になじめなかった人、
意味を見出せなかった人、
そういった人に向けて

そして過去の自分へ、
書いています。

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僕がたった半年で高校を辞めた理由

僕が高校生になったとき。
高校生になったら
携帯電話を買ってもらえるのが
一般的だった時代。
もちろんそれは
スマホではなくてガラケーで、
今よりずっと画面も小さくて、
携帯で音楽を聴くことはできず、
当然のようにiPodすらもない。
着信音の和音数を競っていた時代。

あの頃はパソコンも
ずっと性能は低かったろうし、
YouTubeもおそらくなくて、
当然YouTuberなどの
生き方の選択肢も
今よりもっと少ない時代。

おそらく、高校へ行くことが
今より圧倒的に「正」の時代。

なぜ高校を辞めたのか?

それは「自分の意志」で歩きたかったからです。

なぜ高校へ行ったのか?という疑問

「自分の意志」というと
カッコよく聞こえるかもしれません。
けれど、そうではありません。

よく「なぜ高校を辞めたのか?」
そう聞かれます。
僕は聞きます.
「なぜ高校に行ったのか?」
明確な意志をもった回答は
聞いたことがありません。

そう、僕が高校を辞めた
理由のもうひとつは
「なぜ高校に行くのか」
その意味が見つけられなかったから。

「なんとなく高校に行く」
「なんとなく生きる」
怖く感じました。

敷かれたレールの上を
ベルトコンベアのように
勝手に進む。
意志とは関係なく。

とてつもなく怖く感じました。

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高校をやめるまでの僕の考え方

早速つまづいた感

この先の未来が怖く感じたのは、
当時の僕の考え方も
あったのかもしれません。

何となくいい高校へ行って
何となくいい大学へ行って
何となくいい社会人になって

漠然と想像していました。
何となくよくなっていく
右肩上がりの人生を。

僕が当時滑り止めの
私立高校だったことも
あるかもしれません。

右肩上がりの角度が
緩くなったような、
もう最大火力で
飛び立てないような
不安がありました。

どこに行っても同じ感

小学校でも、中学校でも
めちゃくちゃひどい
イジメとまでは行かなくても
からかい?のようなものは
常に受けてきました。

どこかである
程度勉強がんばっとけば、
そういうのから離れられると
思い込んでいたところもあります。

ですが、
淡い期待はすぐに打ち砕かれ、
自分が当事者であろうとなかろうと、
似たようなことは起こるのです。

どこへ行っても変わらない。
遠くの方に来て自分の名前を書いた所が
お釈迦様の指だった孫悟空のような
逃れられない心境になりました。

この先もずっとこれが続くと思うと、
息苦しくなりました。

仕方なく飛び出した高校

このまま続けることに
疑問を感じてしまうと
高校へ行くことに意味を
見つけられませんでした。

選択肢は、3つです。
1.このまま続ける
2.留年してこのまま続ける
3.辞める

消去法で辞めることになったのです。
だから「自分の意志」でというのは、
もう少し先になります。

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高校を辞めてからの生活

高校を辞めると一言でいうと
暇になります。
高校へ行くことが
まだまだ「正」の時代
後ろめたさや罪悪感もありました。

かといって進むべき道
進みたい道もありませんでした。

考えるのは
「自分とは何だろうか」
「この先どうしていけばいいのか」

「自分にしかないもの」
は探しても見つからない。
これで生きていきたい
というものもない。

途方に暮れて、
「生きる意味」くらいまで行きました。
「死にたい」とも。

救われた15の夜

そんな15の夜、
救ってくれたのが尾崎豊。
ではなく、ミスチルだったのです。

ちょうどミスチルの桜井さんが
いっとき脳梗塞になり、
「HERO」だけが先行で発売される
時期だったと思います。

夜中に流れたその曲の冒頭はこうでした。

例えば誰か一人の命と
引き換えに世界を救えるとして
僕は誰かが名乗り出るのを
待っているだけの男だ

 Mr.Children
 『HERO』



僕はこれを聴いたとき、
涙が止めどなくあふれ、
震えていました。
震えすぎると、
手がつぼみみたいに
なることを知りました。

「自分は名乗り出ないな」と思うと
「死にたくない自分」
「実は生きたい自分」に気づきました。

そこから、「自分の意志」で
歩き出せたのです。

自分も何かしてみようと思うと
気力がわきました。

とはいえ、手持ちの札が
「悩みカード」しかないので、
「同じような人の助けになりたい」と
安直にカウンセラーを目指します。

そのための臨床心理士、
そのための大学院、
そのための大学、
そのための大検と、
進む道が見えたのです。

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鳥かごの世界を抜け出して

高校を辞めると、
誰にも、何にも縛られません。
そのかわり、
何も与えられもしません。

僕は高校は鳥かごの中のような
イメージをしています。

エサや水は与えられる。
けれど、食べるも自由
食べないも自由。

鳥かごの外に出てしまえば自由です。
反面、自分で食べ物などは
探さなければなりません。

「自分で決めないと何も起こらないのです。」

決断すると世界が違って見えた

決断すると何もかも変わります。

ひとつだけ例を挙げると、

何となく生きていたときには、
何となく会っていたであろう人が、

あの決断をしなかったら会えなかった人に
生まれ変わります。

選択肢はひとつでなくていい

高校に行っても
高校に行かなくてもいいのです。

選択肢は決してひとつではない。

どの選択をしても、
決断していけば、きっと変わります。

まとめ

僕が今言いたいことは、
選択肢は一つではないこと、
そして、
進みたい選択肢が見つかるまで
あきらめないこと、
選択肢が見つかったら、
とりあえずやってみることが
できて本当に良かったことです。

「みんなと一緒に」ということは
ありませんでしたから、
最初は、道なき道を進むように
不安でいっぱいでした。
けれど、自分で決断していけば、
道はどこかで開けました。

今の目標は、
自分の進んできた道のりを
模範解答の一つにすることです。

こんな人もいるのだと、
少しでも似たような人を
勇気づけることができたのなら、
あの頃の僕の目標は
達成されたことになり、
こんなにうれしいことはありません。

「HERO」も聴いたことのない人は
是非聴いてみてください。

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