のらりくらりと ゆめうつつ

【ジブンノコト】心理学から学んだ 自分のありたい在り方

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こんにちは。
shun.(@hitokoto_kotoba)です。

僕は大学・大学院と
6年間心理学を学びました。
そして、そこから上京し、
建築・インテリアの専門学校に
通うことになります。

そこで今回は、ジブンノコトとして、
まず、なぜ心理学を学ぼうとしたか、
学んでいくことで
僕が自分自身のどんなことに
気づいていったか
そのことについて書いていきます。

※なぜ、そこから建築へ進んだのかは
 こちらをご覧ください。

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なぜ、心理学だったのか?

そもそもなぜ、
心理学へと進んだのかを
書いていきます。

僕のすべての原点は
高校中退したことから始まったと言って
過言ではありません。

「なぜ高校を辞めたのか?」
これはよく聞かれます。
僕が高校を中退したのは、
「高校へなぜ行ったのか分からなかった」
これが一番の理由です。

そこから自分自身について
悩み、考える日々が続きました。
自分のアイデンティティについて
悩みました。

悩んだ結果、
「人の役に立つことがしたい」
これが答えのひとつでした。

とはいえ、持っているのは
高校中退したことによる
「悩みカード」ひとつ。

そこから、
同じような悩みを持つ人の
助けになりたいということで、
カウンセラーを
目指すことになります。

大検→大学→大学院→臨床心理士と
道が開けて見えたのです。

これが心理学の道へ進むきっかけです。

※僕が高校中退したことについては
 こちらに詳しく書いております。

感じていたことと心理学のギャップ

実際、心理学を学びギャップを
感じていくことになります。

ギャップというよりは、
「自分のしたいことは、
これではできない」と
言った方が具体的かもしれません。

自分を見つめなおすきっかけを
以下の4つとして書きました。

聴くことのその先は?
カウンセリングのその先は?
統計のその先は?
因果関係のその先は?


聴くことのその先は?

たとえば、
「共感」「傾聴」といったことが
よく言われます。
これは、もちろんとても大切です。

聴いてもらえるだけで、
心が軽くなるということも
もちろんあるでしょう。

ただ、高校中退をした僕が
何を感じて、何を考えていたのか
聴いてもらえる機会は
ありませんでしたし、
あったとしても、
うまく言葉にならなかったでしょう。

そして、聴いてもらえたところで
何かが前進するわけではないとも
感じました。

聴く「だけ」ではなく、
その人にとっての前を向いて
進むことのお手伝いが、
僕のしたいことだったのです。

カウンセリングのその先は?

カウンセリングのその先にも
疑問を感じるようになってきました。

よく使うたとえですが、
僕はカウンセラーを
“ドラえもん”のように捉えています。

ドラえもんでは、
のび太がジャイアンにいじめられて、
ドラえもんを頼って、
何かしらの道具で対応する。
この繰り返しがひとつの軸です。

カウンセリングは、
のび太(患者さん)が
ドラえもん(カウンセラー)を
頼ってきて、何かしらの道具で
対処法を考えるイメージです。

ですが、根本の原因は
のび太とジャイアンの関係性です。
これが改善しない限り、
のび太はドラえもんを
頼り続けることになります。

ここに僕はカウンセリング「のみ」の
限界を感じてしまいました。

根本の問題に向き合えないと
意味がないように感じたのです。

僕は根本の問題に
一緒に向き合えるように
なりたかったのです。

統計のその先は?

これは僕の感覚ですが
ほとんどの心理学は統計です。

たとえのひとつは“血液型診断”です。
そもそも明確な根拠はありませんが、
A型はこういう人が多い。
B型はこういう人が多い。
っていうのがありますよね。

だからといって、
A型の人みんながみんな、
すべてに当てはまるわけではない。
言ってみれば大体こういう傾向がある
という多数決です。

僕は高校を辞めています。
どちらかというと少数派です。
僕の原点は同じような人の
助けになりたいということ。

いわば統計でいう「外れ値」の人に
寄り添っていたいのです。

因果関係のその先は?

これも僕の感覚ですが、
多くの心理学は、
「因果関係」や「相関関係」を
研究しています。

原因がわかることはとても大事です。
僕が言いたいことは、
因果関係を知ることを
否定することではありません。

僕は「今の状態からどうするのか?」
の方が、興味があるということです。

たとえば、
肺がんになったとします。
仮にその原因がタバコの吸いすぎと、
明らかになったとしても、
おそらく、誰もが知りたいことは、
「これから治療できるのか?」
「どうしたらいいのか?」
といことではないでしょうか?

僕の場合、
高校を辞めた原因を知ることより、
そこからどんな生き方ができるかの方が
はるかに重要だったのです。

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僕のありたい在り方

こういったところから
自分が「どうなりたいか?」を
より考えていくことになります。

それは、2つの意味でヨリソウ人でした。

同じ方向にヨリソウ
その人個人にヨリソウ


同じ方向にヨリソウ

ひとつは、同じ目線立ったり、
同じ方向を向く存在でありたい
ということでした。

まず「先生」にはなりたくなかった。
個人的に「先生」には
いい思い出がないのもありますが、
来たときだけ対応する
という在り方ではなく
僕は「伴走者」のようで
ありたいのです。

先生と患者のような
対面する関係でなく、
同じ方向を向いて、
問題によりそう
存在でありたいのです。

その人個人にヨリソウ

もうひとつは、少数派の悩みにも
よりそう存在でありたい
ということでした。

それは僕自身が「高校中退」という
少数派だったから。
もっと言えば、
多数派や大勢だけではなく、
その人個人によりそう
存在でありたいのです。

まとめ

今回は、僕が心理学を
学んでいく上で思い至った、
自分自身のありたい
「在り方」について書きました。

僕は「何になりたいか?」よりも
「どうなりたいか?」の方が
はるかに価値を感じています。

この記事を読んだ人にとって
「どうなりたいのか?」を
考えたり、見つめなおす
きっかけになれれば幸いです。

※なぜ、そこから建築へ進んだのかは
 こちらをご覧ください。

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